クラフトビール入門講座
麦芽の種類とビールの味わいについて―麦芽についての基礎知識―

麦芽の種類とビールの味わいについて―麦芽についての基礎知識―

ビールを日本で漢字表記すると「麦酒」。
それは、ビールが「麦で造るお酒」だったから、ということになると思いますが、世の中には「麦」と名の付く穀物はけっこうたくさんあります。また、ビールの原料といえば「麦芽」ですが、よく見る原料の麦芽の写真を見ても麦の粒にしか見えず、植物の芽のようなものは見当たらないと思います。この「」はどこにあるのでしょう?

HOPPIN' GARAGEの歴代商品の中でも、さまざまな麦、穀物原料が使われてきましたが、「麦」「麦芽」は「麦酒」のもっとも重要な原料、ということになると思います。今回は、その「麦」「麦芽」についての解説です。

麦・穀物の種類と原料としての特性について

image

世界中のビールでもっとも多く使われているのは「大麦麦芽」。そのもとになる「大麦」は穂の形で「二条大麦」と「六条大麦」に大きく分けられます。
大麦の種子は穂の軸の周りに規則的に六つ実る性質があり、それがそのまま六つ種子になるのが「六条大麦、六つのうちの四つが実らず、対角上の二つだけが種子になるのが「二条大麦です。

image
六条大麦(左)二条大麦(右)

収穫前の麦畑を見て、穂がまるまるとしているのが「六条大麦」、平たいのが「二条大麦」と表現することもできると思います。よくビールの缶に平たい麦の穂が描かれていますが、あれは模式的に平面してあるのではなくて、実はけっこう本物に近いのです。 また、「二条大麦」の方が種子一つあたりに中味がみっしり詰まっていますので、ビール醸造に必要なエキス分が豊富です。というわけで、「ビール大麦」として品種になっている「大麦」は世界的にみてもだいたい「二条大麦」です

「小麦」は穂がまるまるとしている点では「六条大麦」に形が近いですが、大麦と違って、六つセットできれいに並んではいません。また、大麦との大きな違いは殻がぽろっとむけることです。食用の小麦粉にするときは、殻はない方がいいので、粉に挽いて使うには適した性質ということもできると思います(あえて殻ごと挽く「全粒粉」というのもありますが)。

image

「大麦」の殻は簡単には剥けてきませんが、ビールの仕込工程では、もろみにして糖化を進めた麦汁をろ過するのに、その殻がろ過層として役に立ちます。

image

一方で、小麦、小麦麦芽は殻がないので、たくさん使うと麦汁をろ過するのにちょっと苦労するかもしれません。 「大麦」ではビールのために適した性質を持つものが連綿と品種改良されて「ビール大麦」として育成されていますが、「小麦」は食用の品種が主で、ビールに使うためだけに育成されている品種というのはありません。つまり「ビール大麦」はあるけど「ビール小麦」というのはないのです。

image
小麦

そのため「小麦麦芽」の品質は「大麦麦芽」と比べるとばらつきが大きく、クラフトブルワリーでも、使うロットが切り替わるときなどはちょっと注意が必要だと思います。 クラフトビールの広がりとともに、「大麦」「小麦」以外の麦、穀物を使うケースも増えてきています。

「ライ麦」は歴史的には小麦畑に生える雑草だったとされていますが、見た目が小麦に似ていること、また、小麦が育ちにくい環境では「ライ麦」が優勢になることもあったことなどから、人間が栽培する作物の一つとして定着しました。

image
ライ麦

「ハイジの黒パン」が黒いのも「ライ麦」を使うパンだから、といわれていますが、ビールに使った場合でも、ややくすんだ色がつきます。また、独特の酸味やとろみ、にごりが増したりします。

image
ライ麦パン

オートミールや、最近ではオーツミルクなどでもよく知られる「オーツ」も、クラフトビールではよく使われるようになっています。

image
オートミール

これらは、大きなスケールで醸造するビールでは、ろ過がしにくいなど使いにくい面もある原料ですが、ヘイジーIPAなど、むしろにごりを重視するスタイルのビールには役に立つ、ということで、近年脚光を浴びるようになってきています。

ヘイジーIPAについて

麦芽って何?

「麦芽」というのは、麦を少しだけ発芽させるので、説明するときに要するに麦のもやしだよということもあります。でも、スーパーなどで売っている豆のもやしは主に茎の部分を食べるので、「芽」だということがわかりやすいですが、「麦芽」の写真を見ても、「麦」の種子にしか見えない、というのは先にも書きました。

image

それでは、その「芽」はどこにあるのでしょうか? 実は麦の殻の内側でちゃんと芽が伸びているのです。この「芽」をだいたい種子の長さの3/4から殻の外まで出てこない程度にとどめるのが品質の良い麦芽を造る目安とされています。

image
発芽した麦芽(この写真で種子から細い爪のように出ているものが「麦芽」の「芽」です)

豆のもやしなら、「芽」の部分を食べるのが目的ですが、これは豆の中に蓄えられた栄養分をたくさん使うことになります。「麦芽」では、種子が蓄えたでんぷんやたんぱく質をビールのために使うのが目的なので、「芽」が育ちすぎてはいけないのです。

image
発芽したもやし

一方で、発芽では種子に蓄えられた成分を「芽」を成長させるのに使うために分解する酵素が生成されます。それをビールの仕込工程で使いたいので、酵素はたくさん生産してもらいたい。そういうわけで、一見見えない「芽」を育ちすぎない程度にコントロールしているのが「製麦」という工程なのです。

「製麦」の最初の工程は「浸麦」といい、「浸麦槽」という設備で大麦を水に浸して吸水させます。種子が発芽に必要な量の水分を得たところで種子の中で「発芽」の活動は始まります。

image
浸麦の様子

とはいえ、単に「発芽」のスイッチを入れることだけが「浸麦」の目的ではありません。次の「発芽」の工程に移る前にどのくらいの水分を含ませるか、それで麦芽の品質が決まります(この水分量を「浸麦度」といいます)。水分が多い方がより貯蔵成分の分解や分解酵素の生成を促進させることができますが、一方でたんぱく質の分解が進みすぎるとビールにしたときの泡持ちが悪くなることもあり、バランスが重要です。 元の大麦の品質はばらつきがありますので、「麦芽」にしたときに狙った品質にできるかどうかは「浸麦度」の影響を大きく受けるので、麦芽製造者のうでの見せ所ともいえます。

「浸麦」させて活動の始まった大麦を発芽槽に移します。現在主流の方法では、スリット上の網になった「発芽槽」の床部分に大麦を敷き詰めるようにします。あまり知られていないと思いますが、発芽が始まると種子は熱を持ちます。放っておくと人間の体温以上にまで温度が上がってしまうので、床下から冷風を送って、温度を15℃前後くらいの低めに保ちます。これも貯蔵物質がエネルギーとして消費されてしまうのを避けるとともに、「発芽」の活動を抑制する意味もあります。

image
発芽槽の様子

また、発芽の始まった種子からは白く細い根っこがひょろひょろと伸びてきます。一粒の種子から数本ずつ、発芽が終わるころには2~3cmくらいにもなります。これは、そのままにしておくと絡み合ってしまいますので、「発芽槽」ではスクリューのような装置を定期的に動かして、種子同士が絡み合わないようにします。

image
浸麦した大麦種子を発芽層に敷き詰めている様子。
写真のスクリューが発芽で伸びた根が絡まらない様に混ぜる役割も行なう。

こうして十分に「発芽」させたものを緑麦芽と呼んでいます。別に緑色の部分はないのですが、英語でgreen maltと呼んでいるものの直訳です。「発芽工程」を終えた「緑麦芽」は次に「焙燥」を行ないます。大麦を麦芽にする最大の目的は仕込で使うための分解酵素ですが、これは水分が多い条件下では熱に弱いので、酵素が活性を失わない程度の50℃程度の温度でしばらく水分を飛ばします。その後、温度を80℃以上にまで上げてちょっと香ばしい風味がつけるようにします。

image
焙燥室

「焙燥」すると、根っこも乾燥してぽろぽろ取れやすくなるので、種子同士をこすり合わせるような設備で根っこを取り除いたら、「麦芽」の仕上がりです。

特殊麦芽いろいろ

image
黒麦芽、カラメル麦芽、ピルスナー麦芽

image
カラメル麦芽の断面写真

ここまで説明したのが普通の麦芽の製造方法ですが、麦芽にもいろいろあります。よく知られるのはローストして色の濃さを調整できる色麦芽ですが、これは製造方法の違いで大きくふたつに分かれます。

一つは、先に紹介した「緑麦芽」をロースターにかけて製造する「カラメル麦芽です。こちらは水分をたっぷり含んだ状態で高熱がかかるので、まず、麦芽の殻の内側ででんぷんが重湯のような糊状になります。また、「発芽」の間に分解酵素の作用で麦芽糖やアミノ酸ができているため、ここでカラメル化の反応が起こります(プリンのソースを作る時のようなイメージです)。

image

この製造方法だと、麦芽の中にさまざまな香ばしい香味成分が生まれます。また、色調は赤味の強い褐色になります。また、割ってみると中が赤味のある結晶状になっているのがわかります。これは先に説明した通り、水分を含んで一度糊状になってからローストされるためです。この見た目から、このタイプの麦芽をクリスタル麦芽と呼ぶこともあります。

もう一つは仕上がった麦芽をロースターで焦がして作るいわゆる「黒麦芽」です。乾燥させてある麦芽をじっくりローストしていきますので、イメージとしてはコーヒー豆の焙煎に近いと思います。ローストの度合いによって、風味や色の濃さが変わっていきます。 中でもチョコレート麦芽はややローストが弱めですが、このくらいの条件でローストすると、チョコレートのような香ばしい香りに仕上がるので、この名前で呼ばれています。「黒麦芽」のタイプでは、ローストが強くなるほど、焦げた香味が強くなっていきます。また、色調は茶褐色から黒になります。

image

「黒麦芽」に近いものでは、燻製用のチップで香りをつける「ラオホ麦芽(燻製麦芽)」があります。また、スコッチウイスキーで有名な「ピート麦芽も、クラフトビールなどで使われることがあります。これにも独特の燻製香がありますが、こちらは焙燥工程で泥炭(ピート)を使っているために、独特のピート香がついたものです。

ラオホビールについて

ビールの味わいと麦芽・穀物の関係について

image

「麦芽」、とりわけ「大麦麦芽」はビールの主原料ですから、ビールの味わいへの影響は大です。酵母にとってアルコール発酵のために必要なのは糖とアミノ酸ですが、でんぷんやたんぱく質に由来する成分は、醸造工程、発酵工程で沈殿して除かれる部分もありますが、一部はデキストリン、オリゴ糖やたんぱく質、ペプチドとしてビールにも含まれます。そういった成分は、味わいや、時には食感にも影響します。

image

ビールの仕込で麦芽は穀皮ごと使われますので、そこに含まれる成分も味わいに効いてきます。代表的なものにはポリフェノールがあります。ポリフェノールにはやや渋味がありますので、ホップの苦味と合わせて、ビールの味わいに独特の厚みを付与しているといえます。

「麦芽」は香りにも重要です。他の酒類では感じられないビール特有の風味は後述する特殊麦芽がなくても、「麦芽の香味」として表現のしようのない風味をビールに与えています。


それでは、その「麦芽の香味」の正体はなんでしょうか? 世界中のビール研究者が長年取り組んできましたが、実はこれはまだ完全には解明されていません。主な麦芽由来の香り成分はわかっているのですが、そういう成分を組み合わせただけではビールで感じる香りを完全には再現できていません。長年、ビールやホップの香りを研究してきた立場からは歯がゆい部分もあるのですが、今後の研究の進展にも興味が持たれるところだと思います。

image
麦芽のアロマホイール(Weyermannのサイトより)

引用元│THE MALT AROMA WHEEL® – Weyermann® Spezialmalze

また、味わいとの関係では、特殊麦芽は普通の麦芽よりだいぶわかりやすいでしょう。 いわゆる「黒ビール」には主に「黒麦芽」が使われ、茶褐色から黒っぽい色合いだけでなく、コーヒーのようなロースト感も付与できます。 「カラメル麦芽」は、英国のエールタイプのようなやや赤みがかった色合いと、製造方法に由来する(名の通り)カラメルっぽい香ばしさを付与できます。

製造方法としては「カラメル麦芽」と「黒麦芽」で大きくふたつに分かれますが、それぞれ、風味にあわせて、また製造・販売している会社によっていろいろな名前がつけられています。その組み合わせを考えるのは、ブルワーのうでの見せ所の一つでしょう。

HOPPIN’ GARAGEの各商品と麦芽の使い方

それでは、これまでのHOPPIN’ GARAGEの開発での麦芽の使い方の例をいくつか紹介してみましょう。 たとえば、大人気の「大人のチョコミント」には、焙煎度が低めでチョコレートのような香ばしさも持ったチョコレート麦芽」を使い、黒い液色と風味の両方でチョコレートらしさを下支えしています。

image

また、「映画の余韻」では、液色は黒くなりすぎない中等色ですが、ほどよいロースト香を付与することでリコリスのもつ甘味と清涼感に合う味わいを演出しています。

image

小麦麦芽を生かしたものには、ホワイトタイプの「おつかれ山ビール」があります。

image

フラッグシップの「ホッピンラガー」と「ホッピンIPA」は麦芽の使い方が対照的で、「ホッピンラガー」は普通のピルスナー麦芽を主体にすることでホップとコリアンダーの香りを強調する造り方をしています。一方の「ホッピンIPA」では、使うホップの香りの強さ、特徴が際立っているので、カラメル麦芽でベースの味に厚みをつけることで、そういった香味を受け止める造り方です。

image

他にもいろいろありますが、今回紹介するのはこのくらいにしておきましょう。クラフトビールを飲むとき、これはどの麦芽とどの麦芽を使ったのかな? ブルワーさんはどんな狙いだったのかな、などと考えてみるのも面白いのではないでしょうか?

商品画像

サッポロビール株式会社

蛸井 潔(Kiyoshi TAKOI)

<略歴>

1989年東北大学大学院農学研究科農芸化学専攻課程修了。
同年サッポロビール株式会社入社。
35年の社歴の中で研究部門と商品開発部門のキャリアはほぼ半々。
研究ではビールの泡の研究、大麦・ホップの原料評価、ホップの香りの研究などに取り組み、2011年に東北大学で博士(農学)を取得。
商品開発ではホワイトベルグ、ホッピンラガー、映画の余韻など多数の商品を開発。
2023年より価値創造フロンティア研究所シニアフェロー

このサイトはアルコール関連のページであり
20歳以上の方を対象としています。
あなたは20歳以上ですか?

いいえ