「乾杯!」
それは、ビールを飲むときに交わす言葉。
大きなプロジェクトが成功したとき、懐かしい友人と再会したとき、大切な人にめでたいことがあったとき。「乾杯」というこの言葉には、いろいろな人の、さまざまな喜ばしい思い出が詰まっているのではないでしょうか。
でも、なんだか「乾杯!」というには気持ちがついていかない──そんなシーンだって、人生には存在します。大変なことや難しいこと。「そんなに明るくない気持ち」のときに、明るく「乾杯!」とは言いづらい。
今回発売する「それが人生」は、コピーライターの石井つよシさんが、大人のハードな人生をより味わい深いものにするために考えられたビールです。
思い通りにならないことがあったとき、「それが人生」という言葉と一緒に、苦さを噛み締めながらビールを飲む。そんなビールをつくりたいと思った石井さんは、これまでどんな人生を歩んできたのでしょうか?
石井さんの人生について、そして「それが人生」が完成するまでの話を伺いました。
この人生ストーリーの主人公
「乾杯!」に代わる言葉をつくりたい。ハードでヘビーな大人の人生に寄り添うビール「それが人生」が再発売!
石井 つよシさん
つまらない自分から抜け出すために
── 石井さんは、大学を卒業してからコピーライターの仕事に就くまで何をしていたんですか?
石井さん 無職ですね(笑)。友人宅での居候生活を経て、高円寺に風呂なし三畳一間を借りました。家賃は2万円。なるべく働かずに、お金がなくなったら日雇いのバイトに行くみたいな生活でした。
── そうだったんですか!
石井さん 夜になるとねずみがバタバタ天井裏を走りまわるし、寝転ぶと床が歪んでいるのが背中でわかる。そんな部屋に住んでいました。10円玉を30枚くらいかき集めて、牛丼屋さんの券売機に1枚ずつ入れていくときのあの感じ。とにかくお金がなくて。
ぼくは「期間限定で無職になってみたい」という願望がずっとあって……「何もやらなくていいなら何もやりたくない」という怠け者なところもあるので、ダラけた生活をしていましたね。
── 「期間限定で無職になってみたい」というのは、なぜですか?
石井さん ぼくは中学生くらいまでいわゆる「優等生」で。でも、その「ちゃんとしなきゃ」って感じが、だんだん窮屈になってきたんです。
その反動からか、ぼくには自分の生き方や表現が重力に逆らって飛ぼうとしているような感じがなんとなくあります。退屈でつまらない自分や、世の中の常識や制約から浮遊していたい。だから一度、無職になって自分の人生を「ズラす」ことができてよかったんだと思います。
── そんな日々から、どうやってコピーライターの道に?
石井さん ある日、朝方までダラダラ夜ふかしをしていて、コンビニへ立ち読みに行こうとしたら新聞配達の青年とすれちがって。そのときの自堕落な自分とのコントラストが強烈で。「なにやってんだ、俺」って。それで、もう少しちゃんとしようと思い、運良く面接の機会をいただいた渋谷の広告制作会社に入社できました。何か作品の提出が必要だったので、高円寺での日々を書いた日記を提出したらコピーライターになれたという。
「チャンス貧乏」を経てコピーライターの道へ
── 無職から広告制作会社に就職すると、大きな変化がありそうです。
石井さん 社会性がなさすぎて、目つきやベルトの色まで怒られたこともありました(笑)。でもまあ、社会性のないニートだったので、鍛えていただいたことはありがたかったです。
入社早々、お得意先の社長を怒らせてしまい、出入り禁止になりかけたことがあって。ですがその後、円周率を100ケタ暗記していたおかげでその社長に気に入られるというミラクルが起こり……。それから名前が長いことで知られるピカソの本名や、これまた長い名前で知られるバンコクの正式名称などを覚えて披露するようになりました。
「長いものには巻かれろ」と言いますが、ぼくの場合は「長いものは覚えろ」というのが座右の銘になりましたね。
コピーの仕事としては、この頃は地道な仕事が多くて。でもそうやって「チャンス貧乏」の経験をしたおかげで、どんな小さなチャンスも全力でやり抜くクセがつきました。
── 独立後は、ファッションデザイナー・山本寛斎さんのショーのコンセプトコピーを長年担当したり、神戸女学院大学の「女は学校に行くな、という時代があった。」という話題のコピーを書いたり、人気のカフェ「パンとエスプレッソと」の役員としてブランドディレクターを担当したりと、活躍していますよね。
石井さん 寛斎さんとの仕事は、とてもいい思い出です。ある年は、持参した案が「全部違う」と言われてしまい、「じゃあ今ここで書きます!」と、はりつめた空気のなか、その場でコピーを書いて「そっちのほうが全然いい!」となんとか納得してもらったことがありました。
またある年は、寛斎さんに否定されても空気を読まずに「いや、絶対にこれです!」と、自分のオススメ案を3回くらいぶつけ続けたこともありました。そんなことを続けていたら、ある日ふと、「石井さんは才能があると思いますよ」と寛斎さんが言ってくれて。とてもうれしかったですね。
神戸女学院大学のお仕事も「パンとエスプレッソと」も、一つひとつ、目の前の仕事に完全燃焼していたら、また次、また次ってチャンスが1回ずつ増えて、いつのまにか誇れる仕事になっていたという感じです。それも全部「チャンス貧乏」だったあの頃のおかげですね。
── そんな経緯があったのですね。
石井さん 今、「モノに書く出版社」というコンセプトで、「ジゅもン」という自分のプロジェクトを準備しています。日本語の意味を、アルファベットみたいに遅くするような実験をしています。ひらがなとカタカナを組み合わせたあたらしい表現。わざと読みにくくしているけどそれに意味がある。「モノ」に書くための言葉。空間もDIY中です。
もちろん今までの仕事はどれも大切ですが、それはやっぱり「クライアントのもの」だし、ぼくの役割はあくまで応援団だった。言葉はきっかけにすぎなくて、実際に何かを「つくっている」のはパン職人だったりバリスタだったり建築家だったり醸造家だったり。そんな人たちをうらやましく思うことがあります。
もちろん、普段の自分の仕事も好きだし、楽しい。でも、自分もプレーヤーとして「つくる」ということをやってみたいなって。そして、そろそろ「自己紹介ができるようになりたい」。それにはまだ、自分にしかできないことをやりきってないぞ、と。
静かに、真面目に。ビールは人生の「深い話」とともにあった
── 石井さんは、現状に満足せず考え続けているんですね。「それが人生」の、ハードな人生に寄り添うという思いもそのあたりからきているのでしょうか?
石井さん ぼくは幸せを感じる心が希薄なんだと思います。すごく極端に言うと、いいアイデアが思いついたときくらいしか、あんまり生きている喜びを感じられないと言いますか。だから、困難を乗り越えたとか、挑戦し続けてやっと道が拓けてきたとか、それくらいの刺激がないとなかなか感動できないみたいで。
── だから、明るく「乾杯!」ではない言葉をつくりたかったんですね。
石井さん そうですね。みんなでワイワイ盛り上がって飲むだけがビールじゃないと思っています。もっと、ひねくれた感じというか……。
よくひとりでバーに行くんですが、自分とは全然違う人生の話が聞けておもしろいですね。バーに来るような人たちにはたいてい、どこか影のようなものをぼくは感じていて(笑)。その人たちと深い話ができると、ビールもおいしくなります。
映画や本でも、少し影があるくらいの方がいい。文学ってなんで暗いんでしょうね。人生にもどこかそういうものを求めているのかもしれません。
言葉を考えるときは直感を大切にする。パッと浮かんできた「それが人生」というフレーズ
── 「それが人生」というネーミングは、どうつけられたのでしょうか?
石井さん 考えごとをしていると、ふと、理屈を超えた何かが浮かんできてドキドキすることがあるんですが、今回の「それが人生」もそうで。「乾杯」の代わりに、「それが人生」って言いたいなあと。
そういうアイデアって、最初はそれがいいものかどうかわからない。でも、「これって大事なやつかもしれない」ってだんだん深掘りしていくと、そのアイデアが満たしてほしかったさまざまな要件をクリアしてくれていたりする。
会社員時代、コピーの師匠に「頭で書くな、心で描け」と言われたことがあって、自分の中で大切にしている言葉です。頭で書いた言葉では、誰かの心に響かない。心が動いたときに、コピーが生まれると思う。そういえば、「それが人生」を師匠にプレゼントしたら「いい名前だな」と褒めてくれました(笑)。
だからきっと、「乾杯!」より「それが人生」と言いたくなるこのビールを選んでくださった方とは気が合うと思います。みなさん、ぜひどこかのバーで偶然お会いしましょう!
「それが人生」を経て、「それも人生」も ~石井さんのコピーを宿した魅力的な商品たち~
── 「それが人生」の味についても教えてください。
石井さん 「濃い、渋い、暑くるしい」というキーワードでつくっていただいたビールです。熱を多めに加えるという昔ながらの製法でつくっていて、苦味は強め、粗削りだけどそれがいいよねって感じの味わいになっています。
決して奇抜ではないかもしれませんが、飲み続けられる本格派を目指しました。少しでも「違い」を味わっていただけたらうれしいピルスナーです。
── 発売してから3年以上が経ちますが、いま、このビールについてどう思いますか?
石井さん コピーライターは「時代を書く」仕事だといわれます。3年経って、サッポロビールさんと改めてお話させていただいてるときに、いまの時代に合わせてコピーも書きなおそう、ということになりました。ここでなんとなく「それも人生」という言葉が浮かんできて、自分としてはしっくりきたんです。なにごとも決めつけず、そういう生き方もあっていいよね、というような自由なイメージなのかなあって。
── それで、ホッピンガレージがつくる「それが人生」とホッピンフレンズがつくる「それも人生」という企画が生まれたんですね。
石井さん はい。各地で活躍する3名のホッピンフレンズブルワー(醸造家)に「それも人生」というコンセプトでビールをつくっていただく企画です。六甲ビールさん、暁ブルワリーさん、わくわく手づくりファーム川北さん。まさに「こんなビールもあっていいよね」という、自由なビールづくりを体現しているブルワーのみなさんです。それぞれのブルワーさんごとに、ビールづくりのインスピレーションのもととなる言葉をつくらせていただくことからスタートしました。
「それが人生」が昭和ノスタルジーをリ・デザインしたビールだとしたら、「それも人生」は令和の多様性のビール。「ゆるい、エモい、やばい」というキーワードを設計させていただきました。ブルワリー3社と打ち合わせをさせていただいて、それぞれのブルワーさんの人生観も取り入れながら、それぞれのビールのイメージコピーを書かせていただきました。そこから、どんなビールができあがるのかすごく楽しみです。
ハードな人生を応援する「それが人生」と、フリースタイルな人生観を肯定する「それも人生」。それぞれのビールを飲み比べてみていただきたいですね。
あとがき
大きな辛いことがあったときというよりも、じんわりと苦い事実を飲み込みたい──石井さんのお話を聞いていて、そんなときにぴったりのビールだと感じました。「それが人生」。そう言いあえる相手がいたら、これからも、人生のいろいろなことを乗り越えていけそうな気がします。